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雨の大名行列
2008年08月26日
 (旧)湯沢三大祭りの一つ、大名行列がこの日曜に行われました。前森を通過するのは確か午前10時半ごろと覚えていたので、北京オリンピックの最終種目男子マラソンの観戦も途中で諦め、生憎の雨の中、イソイソと写真を撮りに出掛けました。
 大名行列も毎年のことでその歴史もあまり良く理解しないまま、時代絵巻に見入っていましたが、湯沢の歴史を綴った本を紐解いてみますと、長い歴史を持つことを知りました。
 愛宕神社の例大祭に奉納する為に始まった大名行列は、正徳四年(1714)湯沢が藩内で七番目の町になったことを記念して、陰暦の七月二十四日を例祭の日とし、同時に大名行列も始まったとされています。
 そもそも、愛宕神社の歴史も古く、延暦二十年(801)坂上田村麻呂が蝦夷の首長征討を祈願、成就したお礼に小さな祠を建て、金像を安置したことが始まりと言われます。鎮火、防火の神様が祀られています。
 前森から少し離れている為、未だに愛宕神社の周囲をきちんと散策したことが有りません。今度時間があったら、愛宕山にも登ってみたいと思います。
 大名行列も、例年五町(吹張町、田町、大町、柳町、前森町)が交替で当番町を務めていましたが、今年は全町参加とし希望者を募ったとか、祭りの維持は何処も大きな課題を抱えているようです。
 藩政時代は、祭事中、格年の若者は(佐竹)南家から士分の資格を許され、ここぞとばかりに威勢を鼓舞したと言われます。それだけ祭りの格式が高かったと言うことでしょうか。
 現代版の大名行列は大分簡素化され、行列の長さも昔ほどでは無くなったようですが、本来、武頭(おものがしら)、中乗り(殿様)、押乗りの騎馬を中心に槍持ち、鉄砲、弓、挟箱、合羽籠、鷹匠、餌差、徒士、御医者が列を成すもので、本物の大名行列さながらだったと聞きます。
 今年は、前日からの雨が朝から道路を濡らし、時代装束も雨合羽を羽織っての行進でしたが、足袋にわらじの足元は、前日の笠揃えからの歩行にわらじがボロボロになっている子供の姿も見られました。
 それでも、市内をそぞろ歩く若い侍達や馬上の幼い殿様に、沿道から惜しみない拍手が贈られていました。
 湯沢の歴史を今に伝える時代絵巻が、格式を守りながら後世に受け継がれていってほしい祭りの一つだと、雨の中を会所の前で披露する奴振りを見ながら思いました。
(by yoko)

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